荒川区議会議員補欠選挙

立候補者 前田真司

法定ビラ1枚目の内容

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「29歳で衆議院に立候補した思い出と これからの世代へのエール」

 私は15年前の2005年の衆議院選挙に立候補しています。何故供託金300万円を払ってまで立候補するに至ったかと考えると、当時の野党の審議拒否が挙げられます。

 自民党に魅力を感じず、野党に期待し続けておりましたけれども、審議拒否を続ける野党には裏切られた思いでした。

 町屋駅前に岡田克也議員が街頭演説で来ると知った時は仕事時間を変えてまでヤジを飛ばしに行きました。「いよっ!審議拒否!!情けないぞっ!!そんなので政権が取れるのかっ!!」心臓がバックバックと轟きながらのヤジでありました。

 お巡りさんが私の真ん前に移動してきたものです。それからの日々は悶々としており、いつしか選挙で立候補して自分の思いを訴えてみたいと思うようになってしまったのが2005年の当時です。

 当時の立候補には2つの目標がありました。ひとつは選挙での棄権者を減らし、投票率を上げることです。日本の国のあり方、進む方向性、納めた税金の使い道を決定する議員を選ぶのを棄権してしまう事象を少しでも減らしたかった事がひとつです。

 もうひとつの目標は、誰にでも被選挙権はあるのだと云う事を感じて欲しかった事です。私のような者でも立候補は出来るのだという事を目にして、立候補をためらう在野の優秀な方々に手を上げて欲しかった事です。優秀な方々は優秀な分、それだけの大きな努力をなさっています。私の何百倍もの努力をしておられる方々が大勢おられ、その方々に活躍して頂きたかった事もありました。

 選挙でまずやる事といえば立候補の届け出です。これは選挙管理委員会の方が親切丁寧に教えて下さいました。「ザ・公務員」全体の奉仕者の面目躍如と言った所でした。

そうして立候補の準備は整っていったのですけれども、ひとつご了解を得なければならない方がおられました。私は過去に自動車運転中に死亡事故を起こしており、ご遺族の方のお許しが無くては立候補する訳には行かないと考えておりました。手紙で事情をお知らせした上でご挨拶に伺いました。ご仏壇に手を合わさせて頂きました。今ここで言葉には出来ませんけれども、お気遣いをいただき、立候補の話もご了解下さり、健闘をお約束して御宅を辞しました。

 これで立候補は固まりましたが、まだ 家族には相談しておりませんでした。2014年に他界した私の父は当時脳梗塞を患っており、早めに相談すると投票日までの間に病気が悪化する恐れがあると考え、公示日前日まで伏せておくつもりでした。

 そんな中で仕事でお世話になっている方へ立候補のお知らせに伺うと「家族にはとにかく知らせた方が良い」とのお話で、その日の晩に父に話をすると大反対に遭いました。肉親に実際に反対されると心が揺れるものです。

 常識的に考えれば全く正しい反対で、常識にとらわれて「止めようか」と何度も何度も何度も考えたものです。しかし政治家になるのが目標ではなく、投票率を上げたい、後進に期待したい、それには立候補だと、私もかなり思い詰めておりました。

 公示日までずっと父は大反対、夜は椅子に座ってうたた寝、「お前のせいで布団の上では寝られない」と大声で叫び上げておりました。私はいたたまれなくなり、思わず家を出て道路の上で横になりました。正に頭を冷やす心持ちでしたけれども、空も白み始めた頃におそるおそる家に戻ると父は布団で休んでおりました。そのような正に苦難という中、とうとう立候補の日を迎えました。

 当日は父が大変心配しており、この世の終わりという顔でホントにがっくりしていました。他にも普段は冗談も交えて楽しくお話させて頂いた大先輩に「前田君はどうかしてしまったのではないか」と連絡を頂いた時はさすがにショックを受けましたけれども、とにかく進むよりないと、私の身体は自然と動き出しました。父は選挙中盤には「前田真司と書いておいたからな」と伝えてくれ、2020年現在の只今に、自然と涙が出た現実がございます。

 選挙運動を進めるにあたり、まずはポスター貼りです。リュックサックを背負って徒歩でポスターを貼って行きます。ポスター掲示場は当時の選挙では500ヶ所近くあるのですけれども、1時間で6ヶ所程度しか貼れず、お先真っ暗だなぁとがっくり来ていました。

 また、選挙運動の連絡は私の携帯電話のみにしましたので取材の補足等の電話が鳴り続け、がっくり来る身体にムチを打たれるとはこの事かと思わされ、顔が自然と泣きそうになっていたものです。街ゆく人に投票を呼びかけるなんてどうやろうかと歩きながら悩みました。いざ声を出しても一瞥もされないことが続けばどんどん心は萎えていきます。

 思えば立候補当日、この時が一番の真っ暗やみでしたでしょう。言うは易く行うは難しでした。そこへまた電話がかかってきます。真っ暗でしたけれども止まる訳には行きません。しかしそれは立候補を知った同級生からの電話でした。励ましてくれて嬉しかったものです。

 そしてまた1本、私を救い上げてくれる電話がかかって参りました。仕事の先輩からの電話で、私の立候補を知った先輩方がポスター貼りを広範囲に手伝ってくれるとの事なのです。「はぁ、はぁ、有り難い事です」と生返事を返すぐらいしか出来ません。

 この日は大雨が降っている時でしたけれども実際に貼ってくれる先輩の顔を見た時は、何も言葉が出て来ませんでした。大雨の中、これから貼りに出て下さる事に感謝で言葉が出て来ません、そしてその時に私の顔に何か書いてあったのでしょう。その顔を見た他の先輩方が何も言わず救いの手を差し伸べて下さいました。仕事が終わってから夜中の3時4時までポスターを貼り続けて下さったのです。

 私自身も励まされ身体にも元気が戻りました。ひとりでやるなんて言って立候補したけれども、こんなにも迷惑を掛けてしまって全く情けない、そして友情とは何とも有り難いものなのか、まさしく身に染み、打ちひしがられる思いでありました。こうした経緯がありポスター貼りは何とかめどがつきました。おかげさまで読んで下さった方からも有り難い反響を頂けました。

 その後で更にもうひとつ、今度は家族の協力を頂く事となりました。選挙運動で配付するビラには証紙を貼る必要があるのですけれども、反対していた母の呼びかけでご近所の方と親戚の方とが手伝って下さり、3万枚を超えるビラに証紙を貼ることが出来ました。これは日曜日を丸々使ってやって下さった事であり、こちらも感謝で言葉が見つからない思いです。

 読むのに何十分もかかる字の多いビラでしたけれども、このビラを配付出来たおかげで私の立候補がふざけたものではない事が伝わってくれたと考えています。



 そのうちに「がんばります!」が「選挙権を生かして下さい!」に変わりました。そして「喜びを育む選挙権を生かして下さい!」へと変わり、「お互いに!」「しっかりと!」等と修飾されて参ります。歩いている方に訴えるのは何とか台詞を全て発せられるのですが、自転車の方には早口になってしまい大変です。



 「喜びを育む選挙権!」「選挙は明日への種まき!」「我々がまいた種の実が政治です!」「現在の実は美味しいですか!」「棄権する事は種をまかない事!」「種をまかない方が3割以上いらっしゃいます!」「種もまかずに実がまずいと言う人はどうでしょう!」「良い人がいなければ自分の名前を書いて!」「それが批判票となり無効票として数字も出ます!」「棄権する事は批判ではなく白紙委任です!」「子供の前で信号無視はやめましょう」等々、終盤は良く声が出ておりました。恥ずかしながら拍手も頂いたものです。更には「失礼ですが落選後は演劇の道を歩まれませんか」と声がかかった程です。調子が出て来て心の内を訴えられたのは終盤だけでしたけれども、とても充実しておりました。

 そんな選挙の結果ですけれども、当時の私の選挙区の投票率は平均以下でした。肝心の投票率が平均以下とは、私の立候補は何だったのだろうとかなり落ち込みました。票数は「あの選挙運動にしては入ったほうだよ」とねぎらって頂きましたけれども、投票率が平均以下という現実には、がっくり来ていました。

 ところが数日後、当時大変お世話になっていた洋食屋のマスターさんから「あの中には僕の一票も入っているからね」と伝えられたのですけれども、その一言がズシリと来たのです。

 「あのマスターが入れてくれた、彼の大事な一票が私の中に来た、彼の人格が私に託された」と感じ、「あぁ、一票とはいうけれども、その一票とは人ひとりの大きな人権がかかっているのだなぁ」とようやく気付かせてもらいました。

 当選するには何万もの人権を預からねばならない訳ですけれども大きな事だなぁと思いました。また、既存の政治に疑問も持ちつつ始めた選挙でしたが、投票を訴えている内に自然と滅私奉公となっている自分がいて驚きました。投票を呼びかけて声を発するうちにどんどん「私」が消えて行き、みんなが幸せになればいいなと自然と思えてきたものです。

 そろそろ紙面も少なくなって参りましたけれども、立候補を考えていらっしゃる方々へのメッセージを少し送ります。



 お金の事ですけれども、私の場合は使ったお金は印刷費などで30万円から40万円ぐらいです。他に衆議院選挙の供託金300万円が没収されています。しかし有効投票数の10分の1を得られれば供託金は返って来る上に、ポスターやビラの作成費、選挙運動用自動車の利用料まで税金で負担してくれますので、それを利用出来れば実質は10万円くらいの選挙費用だったかと思います。



 議員として有権者の付託に応える為に必要なのはとにかく「やる気」で、そして当選に必要なのは「運」だけだと感じます。



 けれども振り返ってみると、現在の日本の常識は価値のあるものでしょうか。常識なんてロクな物がないと思われませんでしょうか。常識を工夫して、暮しやすい世の中になって欲しいと思います。

 選挙権を生かして投票所で意思を表明し、思うところ強き人は被選挙権を生かして立候補する方法も現実にございます。

 最後に、衆議院選挙における2005年当時の公費負担と呼ばれる物を案内して結びと致します。長々とどうもありがとうございました。




・ビラの作成費 (7万枚作成 462,600円)

・選挙事務所、選挙運動用自動車、個人演説会場の立札・看板の作成費(555,461円)

・選挙運動用自動車使用代 ( 774,000円)

・立候補者案内ハガキ作成費 (3万5000枚作成 262,500円)

※立候補者案内ハガキ郵便代 (3万5000枚差出 1,750,000円)

※読売新聞東京版候補者広告
(横9.6センチ×縦2段を5回まで 11,047,680円)

選挙運動期間12日間として最大支給額を示しています。

※は得票が有効投票数の10分の1に達しなくても支給されます。

2005年衆院選(合計公費負担額15,966,471円)


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